この胸に宿すものは インフェル編

インフェルちゃんの捏造生い立ち話。第二塔の暦の数え方がすごい好きですよという話でもあります。

アルシエル暦 三二九六年

 「西の窓」から日が昇るのがみえた。  彼女からみて、今日の太陽は窓にはめ込まれた「針」から大きく離れているようだった。春分はとうに過ぎ、日照時間は日に日に延びている。夏が近いのだ。

 廃材を組み立てたバラックが並ぶ通りの端に「西の窓」がある。街全体を取り囲む外壁にぽっかり空いた、人の頭ほどの大きさの窓だ。たいした装飾もなくガラスもはまっておらず、中央に棒を立ててはめているだけで、窓というよりは壁に空けた穴のようなものだが、そばには太陽の文様を飾った簡素な祭壇があった。あらゆる建物の影には誰かしら巣くってねぐらとしているようなスラムの中にあっても、祭壇と窓の周辺は人気がなかった。

 メタファルスの日の出は一日おきに方角が変わる。「西の窓」から日が昇り、ほぼ垂直に上昇して天頂し、再び垂直に下降して「西の窓」の向こうに沈む日と、「東の柱」から日が昇り「東の柱」の影に沈む日がある。それを交互に数えて人々は暦とし、季節を数えて作物を育てる。

 春分もしくは秋分には「西の窓」の「針」の位置ぴったりに太陽が昇る。そして春分に「西の窓」から昇れば、同じ年の秋分には「東の柱」の中央から日が昇る。これを「西の年」と呼ぶ。春分に「東の柱」から日が昇れば、その年の秋分には必ず「西の窓」から日が昇った。これを「東の年」と呼ぶ。春分を迎えた「窓」と「柱」の祭壇にはその年の象徴となる「鏡」が奉納された。一年たち、翌年の春分を迎えると「鏡」は反対側の祭壇に奉納される。

 スラムの住民は春分を迎えるとその年の穀物の種をまき、秋分を迎えるとともに収穫を行う。これら暦にかかわる儀式をかかすとその年の農耕計画が大きく狂うことから「窓」と「柱」と「鏡」は神格化され、大人は祭壇には近寄らず子供にもいたずらに触れないよう厳しくいわれていた。

 もちろん幼い彼女にも周囲の大人は同じように言葉をかけ時には行動をもって制止をしたが、彼女からいわせれば自分は他の子供たちのように安易な悪戯心から近寄っているわけではなかった。ただ窓から日が昇るのをみているだけだ。針から伸びた影の長さや伸び縮みを観察し、祭壇の周囲の地面に線を引き、軌道上の基点となる位置に石を置いて記録しているだけだ。

 他の子供たちは朝早くから起きて大人の仕事を手伝ったり、時に盗みを働いてまで食い扶持を稼いでいる中、なにをするでもなくじっと窓のそばに座り込み、大人にもよくわからないことをぶつぶつとつぶやきながら地面に奇妙な文様を描いている幼子の姿は異様だったが、通りがかった人々は彼女の特徴的な青い髪に気づいて「ああ」とうなずき立ち去っていった。彼女はそんな様子に気づいているそぶりさえ見せず、もくもくと地面に拾った小枝で複雑な模様を書き綴る。

 彼女の存在はスラムでは有名だった。言葉もおぼつかない同い年の子供もいる中、勝気な性格で誰にでもはっきりとものをいう子供だった。頭の回転もはやく、それでいて嘘や詐欺を働く性質ではなかったが、その代わりに他の住民はまるで関心を持たないような事柄に大きく興味をよせ、時には奇行ともいえるふるまいをするような子供だった。

 年の近い子供たちは彼女のそんな言動に呆れて距離をとり、時に彼女が書き上げた模様や廃材を組み合わせて作り出した器械を笑い、そして必ず壊していった。大人たちも大人たちで当初はそんな彼女を「ものすごく変わった生意気な子供」としてしかみておらず、さして注目も払っていなかったし積極的に無視していた。

 だが昨年の秋分の少し前、彼女はスラムの近くで新しい水源を発見したのだ。周囲の評価が一変した。

 それまでのスラムでは、街のはずれにある人の身の丈ほどもある巨大なパイプ管が水源だった。上層からのびる壁の一角が崩れ、地表に露出した巨大なパイプ管の一部に大きな穴が開いており、これに紐をつけたバケツを放り込んで中に流れる水をくみ出すのだ。だがこれは平時では水量が少なく雨天のあと数日間は水量が増えるため、人々はその機会にまとめてくみ出し水がめにためて生活用水としていた。

 ある雨の次の日、パイプ管の前に水を求めて並ぶ人々をよそに、彼女はパイプ管の大半を覆う壁に手をあて耳を押しあて、壁面をはうようにぐるぐると周囲を歩き回っていた。周囲にいる人々は彼女の行動をいぶかしがりそしていつものように無視していたが、数日後、彼女はパイプ管から遠く離れた土砂が積もったを一角を指差し「ここを掘れ」と水汲みに向かう人々に訴えた。

 スラムをぐるりと囲む最も大きな外壁の一角が崩れ、壁が押しとどめていた砂山がなだれ込んできている場所だ。農耕用に向かない土質のため、誰も整備しようとせずずっと放置されていた。また崩れるかもしれないからと周囲には居住区もなく、ぺんぺん草だけが土砂の上にぽつりぽつりと生えているような場所だ。

 そんな捨てられた場所を指差し、命令口調で切り出した彼女の姿に当然のごとく人々は困惑し、そして無視した。なにせ雨の日から時間が経ち、明日にはまたパイプ管を通る水量が減ると知っているからだ。とくにこの年は日照りが続いておりただでさえ水が足りない。これまでの水不足と、これからどれほど続くかわからない日照りに備えるためにも、スラム住民らはわずかな水を求めてその場を離れるわけには行かなかった。

 そんな空気を知ってか知らずか彼女は何度も何度も言葉を投げた。どころか「いうことを聞かないやつは馬鹿だ」とまで言い出し始めた彼女に人々はいらだち始める。ついに誰かが無視しきれず怒鳴ってみせた。「いったいなにがあるんだ」と。「水がある」と彼女は一切臆することなく即座に返した。「この奥に新たな水源がある」と彼女は主張しているのだ。

 人々は少女の言葉を笑った。他に水源がないのか過去に散々周囲は探しつくされているのだ。結果わかったことは「どうしようもない」だった。周囲の壁は表面こそ土壁のようだったが少し崩せばその奥は分厚い金属製になっており、農工具程度ではとてもではないが広げることはできない。水量が少ないときにパイプの内側に入って水源と水の行き先を調べようとしたものもいたが、川下に数百メートルも進むと奈落のような急降下があり、川上はスラム上層に位置する富裕層が住む街からのびてきたような急角度の上り坂になっていた。パイプ管周辺以外を調査したものも多くいたが、いずれも新たな水源の発掘には至らなかった。

 鼻で笑いながら立ち去る人にあきらめず、少女は訴え続けた。翌日もその翌日も何度も人に声を投げかけたが、すべて無視された。時には「おまえ自身が掘ればいい」と心ない言葉をぶつけられた。もちろんそれは少女がいまだ五つになったばかりの、紛れもない幼子であることを踏まえてぶつけた言葉だ。

 そんな彼女に機会が来たのは「西の窓」に数えて五回目の日が昇った頃だ。ほとんどの家で水が尽きたのだ。日照りは続き、農耕用はもとより飲み水さえままならない。そんな中でようやく少女の言葉に耳を貸すものが現れた。少女は彼らに家々から鍬をもってこさせて土砂の一角を削るように指示を出した。人が集まりだすとチームに分けて、土を掘り返すもの、掘り返された土砂を運ぶものに分担させた。

 たいした労力はかからなかった。西の窓から太陽が顔を出すころにはじまり、昇った太陽が天頂に届き、そしてまた西に傾きかけるころには土砂の中からパイプ管が見つかった。

 耳を当てると中で大量の水が流れる音と振動が感じられた。手伝った人々は歓喜にわくもののパイプ管は分厚い金属製だ。手にした農工具ではとてもではないがこじあげることはできない。落胆する人たちを後ろ目に、少女は熱心に表面を観察していた。

 やがて少女は立ち上がり、今度は別の箇所を掘るよう指示をする。一度少女の「予言」を目の当たりにした人々は以前よりずっと素直に従った。

 何度か場所を変えて掘り返した後、とある一角から水が染み出しているのを発見した。掘り進めると、パイプの一角が腐食し金属板の隙間から水が漏れている箇所を発見した。軽く鍬をさすと、いとも簡単に金属板がはずれ、その向こうには大量の水がごうごうをうなりをあげて流れていた。今度こそ人々は大きな歓声をあげた。

 そこからも少女の快進撃は続く。人々は新たな水源に喜んだものの、すぐに配分を求めていがみ合ったのだ。そこで少女は使われていない廃材を組み立てて、わざわざバケツを投げ込まなくても水が流れ出てくるポンプと配管をつくった。

 次に、いまは使われていないスラム街の側溝に目をつけた。再び協力者を募ってそれらを整備し、くみ上げた水が一定量ずつ流れこむよう細工を施した。同時に水源となるパイプ管の穴は鍛冶屋に頼んで鉄を流し込んでふたを閉め、そしてまた土砂に埋めたのだ。

 これによって水をめぐるスラム内での諸問題はいっせいに解決し、人々は少しだけ潤い、少女は周囲からの尊敬と敬意を得た。

 そしてその功績を盾に「不用意に近づくな。作ったものに触るな、壊すな。万一壊したものはスラム住民総意による罰を与える」「だがこちらから用があれば協力する」という安定した静寂を手に入れた。

 そんな少女の最近の関心はもっぱら「西の窓」だ。正確には「太陽と月の軌道」、つまりは暦についてだった。

 太陽は毎日方角を変えてほぼ垂直に昇り、同じ方角に沈む。だが同じ「東の日」「西の日」であっても季節によって太陽が顔を出す位置、沈む位置が少しずつ異なる。それによって影の長さが異なり、日照時間が変わっていく。そして春分と秋分は毎年昇る方角が異なる。彼女もずっとそれが当然で、不変の何かだと思っていたが、今年の春分が「西の窓」から見えたときに何かが変わった。去年の秋分も彼女は確かにこの「西の窓」からみえたのだ。

 少女の衝撃をよそに大人たちは落ち着いたものだった。前回の秋分で西から昇った太陽がなぜ今回の春分で再び西から昇ったのかと、持ち前の好奇心で手当たり次第の大人たちに尋ねてみたが、彼らは一本調子でただただ「うるう年だから」と返事するばかりだった。

 うるう年とは、何年かに一度おとずれる春分と秋分の周期が通常とは異なる年である、ということまではわかった。だがそこから先が意味不明だった。

 彼女からすれば天の運行とは絶対で、不変なのだ。でなければ時節を基準に作物を育てているのに、頼りの天体たちがそんな気まぐれに動いてしまっていては、いったい何を基準に作物を育てればいいのかわからないではないか。究極的にはどうやって食糧を確保すればよいというのか。

 ゆゆしき問題であると訴える少女に対して、大人たちは困ったように「そういうものだから」とか「来年からしばらくはいつもどおりだから」とか、まったくなんの保障にもならない言葉をさも当然であることのように答えとする。

 大人は大人でいまや命の恩人ともなった少女を露骨に邪険にすることはなくなったが、翻せば相手しなければならないというプレッシャーを迷惑がってなんとか煙に巻こうとしているのが目にみえた。

 そんな態度に業を煮やした少女は、その日から二日ごとに「西の窓」に通い、そして天頂にいたる過程を観察し、その軌道を記録している。

 「西の窓」の中央に立てられた棒こと「針」の横に窓の下辺からほぼ中央までの高さの別の棒を立てた。この棒の影を観察して太陽の軌道をみるのだ。

 昨年の秋分で「針」とぴったり重なっていた日の出位置も、日が進むにつれて徐々に「針」より南側にずれていき冬至のころにもっとも離れて再び「針」に向かって戻っていく。現在は春分も過ぎたため日の出位置は「針」より北側にずれていく。

 半年近く観察し続けた結果、日の出位置の移動距離は一定だということがわかった。最初の六十日で計測した移動距離を等分にして、その間隔ごとに影がうつりこむ地面に石を置いていくと、三十日が来るごとにぴたりと位置が重なる。やはり太陽の動きは何よりも正確だった。

 ではなぜ? 計測しながらも思考は行き詰まり気持ちをいらつかせる。答えが見つからず迷うことは多くあったが、そのなかでいらだつことはほとんどなかった(そんなエネルギーを消耗するくらいなら思考と検証にまわすべきだ、というのが彼女の論だ)のに、少女にしては珍しく明確に苛立ちを覚えていた。

 いらだつ理由は答えが見つからないからではない。答えをみつけるための手段をとれないことにいらだつのだ。

 「西の窓」から調査できることには限界がある。なんといっても日の出と日没は毎日西と東を交互に動いているからだ。「東の日」は「東の柱」から日が昇る。それを調べなければ暦の調査など片手落ちに等しい。

 「東の柱」はスラム街から離れた大地の端にぽつんとたっている。スラム街は中身こそ猥雑な町並みだったが、その周囲は太古の超テクノロジーで建設されたという堅牢な外壁で覆われている。だがスラムの東側は外壁がなく、地面が不規則に途切れている大地の果てだ。

 そこは常に強風が吹きすさび、下を覗き込めば死の雲海がみえる。そんな大地の東端から突き出た細い崖の上に「柱」があった。神聖な場であるという以上に、世界の果てのような荒涼とした景色は自然と人の足を遠のかせる。

 そしてそういう場所にはそういう場所なりに人を寄せ付ける。上層街からつまはじきにされた人々が住むスラムの中でもさらに偏屈な人間がそんな土地に巣くっていた。

 いったい何歳なのか判別がつかないくらいにしわくちゃで、髭なのか髪なのかもはやよくわからなくなっている白髪で顔を覆われた、いつもくすんだオレンジの衣をまとった老人が「東の柱」のそばに住んでいる。

 話しかけてもまともに言葉を交わすことはできず(言葉を話すことができるのかどうかさえあやしい)、子供が近づけば無言でにらみつけ、大人が近づけばいつも手にしているねじくれた杖をかかげて獣のような唸り声で威嚇をしてくるという、まぎれもない偏屈老人だ。一部の大人たちはその老人のことを「司祭」と呼んでいた。彼こそが春分ごとに東西の最大で儀式を行い、暦を生み出す存在だからだ。

 少女も「司祭」をみたことがあった。まさにその儀式の最中のことで、暦を表す鏡の入った桐箱を抱えてスラムで一番大きな道を歩いていた。骨と皮と白髪だけのような見た目だったが、遠目でみた老人の背は高く足取りもしっかりしていて威圧感があった。眼光は鋭く、一瞬だけ目が合ったときは少女も思わず身をすくめた。

 そのときの印象はいまも少女の胸に深く突き刺さっていたが、だがいまの少女には好奇心と知識欲があった。それは少女を無敵にするエネルギーだ。

 ひんやりとした夜の空気が少女の肌をなでる。「東の柱」がある東端の最後の外壁に身を隠しながら、そろりそろりと顔をだすとさえぎる物をなくした風が激しく彼女の髪を揺らす。おもわず頭を引っ込めた。見上げる空はまだ暗く、星は音もなく瞬いている。

 日の出の瞬間から「柱」のそばにいなければ意味がない。だが日の出までは「柱」に近づく必要はない。星明りに照らされた周囲を慎重に見回す限りでは誰もいない。もちろん「司祭」の気配もない。じきに日が昇る時間だ。星空を眺めながら日の出を待つ。

 少女には親とか兄弟とか、およそ家族といわれるような存在はなかった。少なくとも少女自身には覚えがなかった。どこの誰が生んだのかわからない子供という、スラムにありふれた存在だった。物心ついた瞬間からゴミをあさって日々の糧を得て、夜になれば寝床を得るため路地をさ迷い歩く日々だ。

 とある雨の日。やっと見つけた屋根のある空の納屋は、あとからやってきた年長の子供の集団に奪われた、そんな、なんでもないいつもどおりの日だ。

 雨から身体を守ってくれる屋根や壁もなく、指先から徐々に力がなくなるのを実感しながら、地面に突っ伏して雨の音を聞いていた。意識を失いかけながら、もしくは意識を失っていたのか、少女はなんとか仰向けになって、いつの間にか晴れていた空を見上げる。暗い雲の端から日が差していて、その向こう側に七色の虹がかかっているのがみえた。

 そのときの少女の脳裏に浮かんだのは、寝床を暴力で奪っていった敵への憎悪でも、この世に生まれた後悔でもなく、「なぜ」という感情だった。

 なぜ虹は七色に見えるのだろうか。なぜ虹は雨のあとに生じるのか。虹とはそもそもなんなのか。そんなことが少女の頭を占めていた。確実に死に近づいている事実を、意識したくないゆえの逃避だったのかもしれない。

 ほんの少しだけ日が陰る。風にのって雨雲の切れ端が太陽にかぶさり、同時に空の反対側にかかる虹のアーチが少しだけ欠けた。

 その瞬間、少女の頭の中に火花が散った。瞬きを繰り返し、太陽と雲と欠けた虹をみつめる。そうこうしているうちに雲が流れ去って再び日が差し、虹が大きな半円の姿に戻る。火花が炎になるのを感じた。空腹も、冷たさも、いつの間にか感じなくなっていた。これまでになかった新しいエネルギーが、火花を撒き散らしながら身体と頭の中を駆け巡る。

 なんのことはなかった。ただ「虹は火の光に照らされて生まれている」という発見と納得に至っただけだった。それに至っただけで、少女は諦めかけていた息吹の糸をたぐって上半身をひねる。足は満足に動かなかった。腕だけで泥を這い蹲り、水溜りに顔をつっこんで喉を潤した。足が動き始め、路地の壁によりかかりながら歩き出した。それからは、疑問と発見と納得が少女を動かす第一のエネルギーとなった。

 それから火花の赴くままに行動し、配水管理の一件で見直された少女はスラム街の住民にも一目置かれるようになり、傾きかけた納屋に一定の寝床を得たし、追い出されることもなくなった。いまでは多少気を許した住民の一部がそれとなく彼女に食糧をわけてくれるようになったので、彼女はますますそのすべてを探究心の赴くままに費やせるようになっていた。

 びゅうとひときわ強い風がふいた。外壁の影に隠れていても髪が巻き上がる。はっとして目が覚めた。あわてて振り返ると東の空がすでに白み始めている。

 懐から木炭で書きなぐった記号でびっしりと埋め尽くされた布を取り出す。「西の窓」を観察して得た太陽の軌道を記したものだ。あわてて身を乗り出し、東に向かって走り出す。

 そう遠くないところに「柱」があった。聞いた話の通り極端にとがった崖の上に「柱」が突き刺さっているのがみえる。遙かなたから続く死の雲海の迫力にのまれそうになったものの、口を引き結び、すり足で一歩一歩「柱」に近づいた。間近まで近寄ると、柱というよりは杭といったほうが似合うような貧弱さだった。高さも少女の身長にも届かない。まじまじと観察すればするほどに、何の変哲もない木の棒だった。「窓」が簡素なように「柱」もまた簡素なようだ。

 影の長さを図るにはある程度距離をとらなければならない。振り返り、離れようとしたところで足が空を切った。いつの間にか近づいていた「司祭」が背後にいて、少女の首根っこをつかんでいたのだ。

 あまりのことに動転して言葉が出ない少女をよそに、「司祭」は「柱」のそばから彼女ごとどんどん離れていく。呆然としているうちに、視界の端を光がさす。日が昇り始めたのだ。

 ここに来た理由を思い出して少女は力いっぱい身をよじる。「司祭」も反抗されるとはおもっていなかったのか、案外あっさりと拘束は解かれ、少女は地面にひざをぶつけながら再び「柱」に駆け寄った。

 無茶な力の入れ方で走りだしたためか、最後には足をもつれさせながら「柱」のそばに近寄った。「窓」の暦を記した布を広げ、震える指で生じ始めた影と照らし合わせていく。

 再び首に違和感が走った。「司祭」が追いつき少女を「柱」から引き離そうとしている。今度は臆せず威嚇のような唸り声を挙げて全力で抵抗した。ここで始めなければいつまで経っても己の中に火花は生まれない。

 少女はつかまれた首に手を伸ばし、相手の手首に爪を立てて暴れだす。迷惑そうに顔をしかめる「司祭」の視界に少女が手につかんだままだった布切れが目に入った。「司祭」のまぶたがピクリと動く。

 少しの間のあと、いまだ暴れ続ける少女の耳に「足元を見なさい」と思った以上に優しい声音が届いた。

 三度驚き、ぴたりと動きを止めて少女は自分の足元をみる。砂地の地面の上に、親指ほどの大きさの何の変哲もない小石がちらばっている。散々地団駄ふんだおかげで、彼女を中心に放射状に転がっていた。

 視線を少し上げると「柱」に近い、少女からは少し離れたところにも小石は転がっていた。散らばっているというには一定の距離をもって並んでいるようにみえた。

 脳裏に小さな火花が生まれた。「司祭」の手首をつかんでいた両手を離し、暦の布を目の前に広げて並列する小石と見比べる。その並び、いや並べ方は少女が布に記した軌道とよく似ていた。

 糸が切れたように少女がその場にへたり込むと、「司祭」はゆっくりと彼女を追い越し、散らばった小石を拾い上げる。慣れた手つきで、なんの目印もない地面のうえに小石を並べなおす。まるでどれくらいの距離でその軌道が生じ、どれくらいの角度で逸れていくのかよくよく知っているかのように、「司祭」は淡々と小石を並べていく。

 ほどなく整列しなおされた小石は、少女の手元にある暦の軌道と同じかそれ以上に細かく複雑なラインを地面に描き出していた。また火花が散る。少女がまだ調べていない、知らない暦がここに描かれているのだ。

 その結論に至ったとたん少女は再び身を乗り出し、しかし直接触れない位置で這い蹲るように小石の列と手元の布切れを食い入るように見比べた。あっという間に、すでに半分以上が雲海から顔を出している太陽と「柱」の影と並ぶ小石の距離の測定に没頭する。

 「司祭」はしばらくそんな少女の姿を観察した後、その場に座り込んで、じっと彼女の背中を見つめていた。

 それからしばらく。少女は一日おきに「東の柱」に通いつめた。朝日が顔を出す早朝から天頂にいたる日中を経て、雲海に日が沈む夕方までずっといた。

 最初の邂逅以来、「柱」とその周辺に記された暦の扱いを覚えた少女に「司祭」は特に何もしてこなかった。

 日の出をいまかいまかと待ち構える少女を遠くから眺めていたかと思えば、日中の影の変化と小石の位置の関係を嬉々として観察する少女のそばでなにをするでもなく座り込んでいた。

 やがて観察するだけで飽き足らず、新たに軌道を記そうとする彼女に一瞬目を見開いたようだったが、少女が慎重にすでにある小石を触らず新しい小石を付け足そうとしている姿をみて再び黙り込んだ。

 そんな日が幾日も過ぎ、スラムのような下層でも青々と緑が茂る夏を超え、わずかばかりの実りをもたらす秋が来て、秋分が来た。

 少しだけ冷え込んできた朝の空気の中、いまや地面をびっしりと覆うまでになった小石と、真っ黒に書き込まれた暦の布を携えて、少女は日の出を待っていた。その隣で「司祭」はあぐらをかいてやはり日の出を待っていた。

 日中は少女を見守るだけの「司祭」だったが、時折東の日の早朝に少女がやってくると、見知らぬ小石が増えていた。直接聞いたわけではなかったがだが「司祭」が置いたものだと直感した。

 珍しい暦の日だったのだろうか。いったいこれが何を意味しているのか、少女は一日座り込んで考えその意図を読み取る。やがて少女はその小石と同じ軌道上にある別の小石の連なりを見つけ、いっそう思考にふける。日が昇り、天頂までいたり、そしてまた沈むころ、雲海の端の近くに白いヴィオの月が昇るのが見えた。

 少女の脳裏で火花が花開く。その日は太陽が沈んでも寝床に帰らずじっと空を見つめていた。この小石の並びは月の軌道を記しているのだ。

 月は毎日軌道が異なる。高く昇る日もあればまったく昇らない日もある。文字通りの無軌道で暦とするには頼りないとおもっていた。だがそこに記された軌道は太陽よりは複雑だったが、しかし一定の周期をおいて月も動いていることがわかった。

 そこからはまた新しいことの発見だった。太陽、月のみならず、夜空に瞬く無数の星たちも決まった位置に決まった時節にめぐっている。あれだけの星がすべて!

 そうやって新たな知見に興奮する少女をみて、「司祭」は変わらず物静かに見守るだけだったが、以前よりは言葉数がふえた。

 少女は安易に「司祭」に質問を投げかけることもなかった。新たな疑問に頭を悩ませ一日中だってずっと同じ場所にうずくまって考え込むのが常だ。散々頭を抱えて悩んだあと、どこからともなく「司祭」は現れ、朴とつとした声で二言三言つぶやきながら地面に描かれた天の縮図を指差していく。たちまち少女の疑問は解けて晴れがましい顔つきになり、しばらくは芋づる式に新たにみつかる見識に喜ぶが、数日もすると再び黙り込んで地面を見つめている。

 そんな日々をすごし、秋が更けていく。今年の収穫は彼女がもたらした新たな水脈の影響で、年配の大人たちが驚くほどに豊かな収穫になったらしい。彼女もいつもより大きなパンにありつけてよかったな、と素直に喜んだ。

 冬がきた。少女にとって冬とは命を削り取るものでしかない。食べ物はいっそう手に入りにくくなり、屋根や壁のないところで眠ることができない。そんなことすれば朝には凍った死体が出来上がる。誰もがそれを知っているのでより身を固め物資を手放さない。生きるだけで必死になる。ひもじさで生命力を維持するだけで精一杯になると次は人の精神まで削り取る。気が短くなり、わずかばかりの良心は少しばかりの懺悔を残して消え去っていく。冬とはそういう季節だ。

 それでも今年の冬は少女にとっては以前よりずっと息がしやすかった。息をし続ける理由ができたからだ。冬になり、指先を真っ赤にしながらも彼女はただひたすらに天体観測に没頭した。太陽の昇る位置を特定し、月齢の周期を測り、巡る星々を数えていく。

 太陽も月も星も毎日東西を行き来する理由を、天体の運行ではなく己のいる大地に影響があるのだと少女は気づき始めていた。

 天体の東西逆転以外にも、わずかながら位置がずれているのだ。天体の運行のものではない、周期性のないほんのわずかなずれ。

 大地の端に立って視線をおろせば分厚い雲海が見える。そこにはどう目を凝らしてもなんの支えもなく、この地面は完全に地表から離れた宙に浮いている。

 それまでなんの疑問も、理由も、経緯も知らなかったが、急になにかに触れた気がした。少女の足元には地面があって、その向こうにはなにもない。見上げれば白い塔が蒼穹の空にそびえたっている。その先にもやはり何も見えなかった。

 遠い遠い昔、この雲海の代わりに広い「大地」というものがあったのだと誰かが歌っていた。歌っていたのが誰だったのか思い出せなかったが、不思議と思い出すたびにあたたかな手の感触を思い出す。

 「大地」とは分厚い土に覆われやわらかく、緑をはぐくみ、豊かな実りをもたらすという。それも見渡す限りその光景は広がっているというのだから途方もないことだ。それだけあれば自分ももっと食糧にありつけるだろうなと少女は漠然と考えていた。

 けれど天体運動の中に見たわずかなずれは、何度考察してもこれまで以上に規則性がない。そもそもなぜ天体はすべて毎日東西が入れ替わるのか。それはどういった法則から生まれたものなのか。

 足元をみる。雲海と、自分の足と、足の先には地面が見えた。このずれはこの足元の、地面そのもの。少女が生きるこの足場そのものが運動することにより生じたものだ。

 この足場は毎日円を描くように移動、いや運動をしており、その影響で天体の位置が毎日入れ替わる。二日おきに以前の位置に戻るが、その際に必ずしも以前と同じ位置にいるわけではない。わずかずつ位置がずれていき、一定以上のずれが生じるとそれまでにない運動幅で規定の位置まで戻るのだ。

 自然発生で生まれたものとは思えない。無機物はどれだけ動きが変則しても、変則したこともまた法則の一部だ。けれどこの動きは無機物のそれというよりは、何かが有機的に判断しその結果軌道に手を加えているかのような動きだ。

 天の理だけではない、それよりは矮小で、けれど今の少女には十分巨大ななにかが積み重なって足元の地面が存在しているのだと、最初に気づいた瞬間だった。

 彼女が水脈を見つけ、「東の柱」に初めて触れたその年に「司祭」は死んだ。

 「柱」のある広場に近い路地で、冷たくなっていたという。朝方まで飲んでいた酔っ払いが遺体を見つけてそのまま触れ回り、その日の昼には「西の窓」にいた彼女の耳にも届いていた。

 冬は命を削る季節だ。老人が冷え込んだ夜の翌朝に死んでいることなど、別に何ということではない話題だ。

 「司祭」がいくつなのか少女は知らなかったが、見た目からしてスラム住民の中でも相当な年寄りだったし、なんの違和感もない。話では目だった外傷もなかったというから本当にただ寒さで死んだのだろう。

 日が沈み、ふたつの月が昇り、星を観察したあと、少女は「司祭」の元寝床にきていた。ここに来るのは初めてだったが、スラムでも有名な人物だったため場所は知っていた。元は石壁に囲まれた複数の部屋を持つ家屋だったのだろうが、ほとんどの敷居は崩れており、かろうじて一室分だけ屋根と壁が残っている。

 入り口に垂れ下がった布を避けて中に入ると、真っ暗闇の中で月が覗ける小さな窓が西側にみえた。この家の「西の窓」だ。

 目が慣れてくると月明かりに照らされた寝台と小さなテーブル、そして部屋の大半をしめる膨大な紙束が積まれているのがみえた。テーブルの上におかれた一枚を手にとると、びっしりと図や文字が書き込まれている。少女は生活に必要ないくつかの用語くらいしかわからなかったが、この紙束になにが記してあるのかはなんとなくわかっていた。

 太陽の運行、日の出日の入りの位置、月齢、星の御座、天候、雲の種類、気温、雨の量、嵐の数、季節の記録、それらにともなう農耕記録、収穫量。暦に関するもの、時節に関するもの、毎日の天候の記録が手書きで記されている。

 別の紙束をめくる。手書きではなく印字されたものだった。細かで画一的な文字で占められた紙面で、やはり内容はわからなかったが途中途中の挿絵から、これも天体にかかわる内容なのだろうとわかった。

 少女は白い月光の元で、次から次へと資料を手に取り黙々と読みふける。おそらくはこの家の主人が生前にそうしていたように、テーブルに備え付けられた椅子に腰かけた。

 ここに来る途中、少女は「司祭」に会ってきた。「東の柱」の近くに移動され、誰かが持ち出した絨毯の上に横たえられていた。儀式を取り仕切るだけあってそれなりに人脈もあるのか、ぽつりぽつりとはいえほとんど絶え間なく人がやってきては、その顔を見て黙礼していく。「司祭」の遺体の周りには、この数ヶ月でより密度を増した石と土でできた天体図が広がっていた。

 その様子をみると、少女はその場を立ち去りこの場にいる。あそこで感慨にふけることが今の自分に必要なことだとは思わなかった。

 朝になってもまだ読みふけり、時折部屋の隅に蓄えられていたパンと水を少しだけ口にして、昼になってもまた夜がきても少女は資料に没頭する。

 ほとんどの文字は読めなくても図式はあったし、文字はそれだけで成立しているわけではなく、類語や同意語は似偏ってくる。意味を推測し、図式と照らし合わせ、一年以上の観察から得た天体の知識とを照らし合わせてなんとか意味を汲み取っていく。まったく遅々として進まなかったが、それでも彼女が時間をかけて得てきた知識以上の知識がそこにあったのはわかった。

 ふと顔を上げて部屋を見回す。月明かりに照らされた資料は、手書きのものもあれば印字のものもある。手書きでも一人のものではなく、明らかに複数の人物が書いたであろうものもあった。中には人名らしき文字列がびっしりと書かれたページもあった。

 一番多い手書きの資料は「司祭」のものだろう。印字されたページの端にも同じ書体で走り書きされていたり、同じ書体で一抱えもある束がすべて埋まっていたこともある。「東の柱」でみた石と砂の天体図もその一端なのだ。少女よりずっと長く生きてきたであろう「司祭」はその人生のほとんどを天体と暦の研究に費やしていた。その費やしたものが手元にある。

 その「司祭」も、ここにある資料のすべて一人でまかなっていたわけではないのだろう。多くの人が資料を書き、その前には自分がこの一年ずっと続けていたような研究をさらに長い年月をかけて研究しており、探求と考察を重ねた先人たちがこの資料の数かそれ以上にあって、それらを「司祭」は受け取り、「司祭」は少女にいくつかの言葉とあの天体図を通じてその一端を伝えたのだ。

 多くの人が魅了され、求め、考え、悩み、積み重ねていたものの先端に生きているのだと、少女はそのとき初めて思い至った。

 「司祭」の元寝床はいつの間にか少女の新たな住処になっていた。その冬はひたすら部屋の中に詰まれた資料を読み漁ることでしのいだ。屋根があって寝台があることに安心する。

 冬の寒さが和らいできたころ、少女は再び外に出て西と東を毎日行き来して天体の観察をするようになっていた。いつのまにか地面にだけ描かれていた幾何学模様は、「西の窓」のある石壁にも及んでいた。とがった石をつかって白い線を引き、高い場所には足場を組んで天体の動きを書いていく。

 そこに太陽、月、星の位置に農耕に使う暦を重ねた。それはスラムで従来使われている暦に加えてより詳細に、そして明確に区切られ、広がっていく。同じ一年間をより細かな分類をほどこした。あの紙束から得た知識で少女の知見はよりいっそう深く広いものになっていく。

 「西の窓」の周りの壁面が少女が書き出した暦で埋め尽くされるようになったころには、今年の春分がきていた。

 ある春の日、スラムの一角でみかけない集団がいた。ぴかぴかの金属鎧と、すす汚れひとつない布地の服に身をまとった集団だ。人目でスラムのものではないと誰もがわかった。

 スラムの要所を練り歩き、やがて「西の窓」のある壁面までやってきた。今日の少女は二つの月の月齢とその距離について記していた。

 鎧を着たいかつい顔立ちの兵士の一人が少女にどなる。「お前が水を盗んだ犯人か」と。他のスラム住民と違って、人のものなど盗んだことがない少女はなんのことかとたずね返す。いわく、本来であれば上層街にむけてくみ出された上水道の配管に細工を施し、そのおかげで街全体に十分な生活用水がいきわたらないのだと。

 いかつい顔をした兵士の言葉にも少女はひるまず言い返す。もともとスラムには生活用水がいきわたっていなかった、と。顔を真っ赤にした兵士と少女はそのまま言い争う。

 一人だけ鎧を身につけていない男が「西の窓」の壁面にかかれた幾何学図を見上げて、「これは君が書いたのか」と声をかけた。たちまち声を荒げていた兵士は押し黙り、後ずさって男に対して道を明けた。

 少女がうなずくと、男は感心した顔でもう一度壁面を見上げる。

 男は嬉々とした顔で言葉をつむぐ。

 太陽が東西を移動するようになってから二百年が経ち、惑星上に人が住んでいたときとは異なる暦を生み出す必要があった。上層街ではいまも暦の研究と改訂が続けられており、幾人ものの研究員や学徒が日々その精度を上げているという。その中のひとつにこの東西に配置する「針」があり、この二百年で最も市井に普及した時計器械だ。なにせこの環境を作った技術の多くは外国のもので、どういう法則がありなぜそれが生じているのかとったことがほとんど継承されていないため、太陽の軌道を計る以外の暦が複雑すぎて普及しづらいのだ。だがそんな中で独力でそれ以上の暦を生み出した。

 一息で長々と語った男は、話の終わりに少女の瞳を見つめてこういった。

「お前は、たった一人で二百年の時を進めたんだ」

 その男はグラムルと名乗った。

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